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1960年代アーリーソウル


1960年代に入ると、ソウルダンスとしてのスタイルが流行となります。デトロイトでは、ベリー・ゴーディがプロデュースのバレット・ストロングや、スモーキー・ロビンソン率いるミラクルズなども初期のソウルダンスのひとつであり、そこには、後のモータウンサウンドを予感させるものはありませんでした。しかしタムラ/モータウンの場合は、どんな曲をリリースする時も、白人黒人を問わず、若者の気持ちを組入れ、ダンスビートを取り入れる事を忘れませんでした。代表曲としてはマーヴェレッツの「プリーズ・ミスターポストマン」、メリー・ウェルズの「バイ・バイ・ベイビー」などが上げられます。シカゴでは、かつてドゥーワップグループだったアイディアルズがダンススタイルで人気を得ていたし、ファイヴ・ドゥートーンズは同じくダンススタイルにコーラスを盛り込んだ傑作も残しています。ウエストコーストでは、ヴァイブレーションズや元キャデッツのメンバーが集まって作ったフレアーズなどボーカルグループがダンススタイルを取り入れていました。

南部でも、それに同調する動きが見られ、ブッカー・T&MGズの「グリーン・オニオンズ」、ブルースをルーツに持つルーファス・トーマスが、スタックスサウンド特有の他地域には無い泥臭さにダンススタイルを取り込み、大ヒットとなりました。しかし、南部で一番反応を示したのは、ニューオリンズのアラン・トゥーサンでした。彼はニューオリンズ特有のゆるいリズムに、レイ・チャールズ風パターン、彼特有のダンスサウンドを盛り込みブームを作り上げ、インスタントクリス・ケナーフューリーリー・ドーシーなどと組み成功しています。1960年代に入ってからはソウルダンスは各都市に広まっていったのですが、フィラデルフィアこそが、初期ソウルダンススタイルの震源地であり、18才のチャビー・チェッカーハンク・バラードの「ザ・トゥイスト」を録音し直し、ヒットした事がきっかけとなった様です。その後、ハンク・バラードバージョンも注目され、ディー・ディー・シャープオーロンズなどが続きました。トゥイストのわかりやすいリズムはたちまちブームとなり、キング・カーティスジョイ・ディー&スターライツアイズレーブラザースサム・クックなどによる多くのヒット曲が生まれました。しかし、ダンススタイルのパターンはポップ化し身動きが取れず、ソウルサイドとしてはおもしろくない音楽の氾濫となってしまいました。それを変革する動きが、モータウンとシカゴを中心とするノーザンソウルとジェイムス・ブラウンのファンキーソウルだったのです。

1960年代のソウルダンスブームは、平行して、初期のソウルミュージックを形成していく時代でもありました。サム・クックジャッキー・ウィルソンジェイムス・ブラウンに続き、ゴズペル出身のアーティストも多く出てきました。ソウルダンスが色々と試みられる中で、ゴスペルスタイルをルーツに持つソウルバラードを始め、歌い方や曲調にゴスペルの影響が受け入れられ、バックサウンドとして出来上がっていったのです。そうした1960年から1964年くらいのR&Bから、ソウルミュージックへの変化の時期はアーリーソウルと呼ばれています。1960年代初期に出てきたソウルアーティストはアーリーソウルの影響を少なからず受けていました。その中でも成功したのはレイ・チャールズとファンキーソウルに向かっていたジェームス・ブラウンでした。彼をはじめサム・クックジャッキー・ウィルソンの影響は大きく、アーリーソウルは各地域に広まり、ニューヨークを中心とする東海岸では、ベン・E・キングチャック・ジャクソントミー・ハントソロモン・バークマキシン・ブラウンベイビー・ワシントンディオンヌ及びディー・ディー・ワーウィックの姉妹が登場し、ヒット曲を残しています。ブルースタウンであるシカゴでは、エタ・ジェームスが名乗りを上げ、ジェリー・バトラージーン・チャンドラーなどがアーリーソウルスタイルを反映させた曲を残しています。

デトロイトでは、タムラ/モータウンが、アーリーソウルと共に躍進していて、後のノーザンサウンドの完成へと向かっていました。アレサ・フランクリンのデビューもこの頃で、ゴスペル仕込みに、ブルース精神、ジャズやポップスも歌いこなす彼女は着々と力を付けていきました。マーヴ・ジョンソンもタムラレーベルにおり、アーリーソウルの真髄を示し、モータウンサウンドの足がかりを作っていきました。セントルイスからは、アイク&ティナ・ターナーが登場し、女性版レイ・チャールズと言われ、ダンスにコーラスを合わせたスタイルで、多くのヒット曲を出しています。ウエストコーストでは、サム・クックの天下となり、自ら立ち上げた”サー・レコード”からは、シムズ・トゥインズボビー・ウーマック兄弟から成るヴァレンティノスジョニー・テイラーL.Cクックなどを出し、成功を収めていました。後にサザンソウルを形成する南部でも、アーリーソウルの影響は少なからずあり、ニューオリンズでは、アーニー・ケイドゥアーマ・トーマスバーバラ・ジョージジョニー・アダムスダニーホワイトなどがソウル世代のシンガーとしてデビューし、他の南部地域でもバーバラ・リンカーラ・トーマスアーサー・アレキサンダーなどが評判になっていました。


1960年代モータウン/ノーザンソウル


初期のソウルサウンドの行き詰まり、それへの挑戦が、デトロイトのモータウンとシカゴのカーティス・メイフィールドの手によるノーザンサウンドでした。カーティスは、メイジャー・ランスに提供した曲がヒットし、スマートなサウンドがノーザンスタイルの原点となっていきました。ミラクルズなどを手掛けたエディ・ホーランド、ラモン・ドジャー、ブライアン・ホーランド(H=D=H)から成るライターチームも、モータウンでのノーザンサウンドの完成に貢献していました。このライタートリオが選んだのが、マーサ&ザ・ヴァンデラスで、ヒットとなった「ヒート・ウェイヴ」は、モータウンサウンド=ノーザンソウルサウンドの出発点となった曲でした。この曲はモータウンレーベルで作られた他の曲と比べても、かなり新しいものでドラミングに大きな特徴がありました。マーヴィン・ゲイは初期のソウルダンスに近いものがあったし、デビューしたてのスティーヴィー・ワンダーも天才少年と言われはしましたが、レイ・チャールズスタイルそのものでした。H=D=Hトリオはその後、フォートップスダイアナ・ロス率いるシュープリームスを手掛け、黒人ばかりではなく白人、そして世界中の若者達にノーザンサウンドを届けたのです。

1964〜1965年頃には、メリー・ウェルズマーヴィン・ゲイスティーヴィー・ワンダージュニア・ウォーカーミラクルズテンプテーションズマーヴェレッツなど、ノーザンサウンド一色となり、モータウンはレーベル発足当初からダンススタイルを盛り込むというモットーで来て、それが成功しノーザンサウンドのブームを巻き起こしたという訳です。シカゴとデトロイトで始まったノーザンソウルの影響はすごいものでしたが、特にウエストコーストの反応は早いものでした。ボビー・フリーマンは、ライター&プロデューサーだったスライ・ストーンと組み、ダンススタイルの曲を流行させたりしていましたが、ノーザンの影響よりはむしろ初期ソウルに近いものがあり、スライがファンクを作り出した理由がここにあるような気がします。ロスアンゼルスでは、ノーザンスタイルが顕著に表れ、ベティ・スワンメリー・ウェルズを意識していたし、ボブ&アール(後のジャッキー・リー)はインプレッションズに影響されたスタイルで「ハーレムシャッフル」(ローリングストーンズがカヴァーした曲)をヒットさせました。こうしたノーザンソウルの動きは、ブルース、R&Bレーベルであった”モダン”でも表れ、アイケッツメリー・ラブウイリー・ハッチリトル・リチャードまでが、モータウンタイプの曲を歌っていました。ニューヨークでも事情は同じで、”カーラ”レーベルのリトル・ジェリー・ウィリアムス(後のスワンプ・ドッグ)やJ・J・ジャクソンジェリー・レイバーマイク・ストラーなどもモータウン的ノーザンを歌っていましたし、ヴァン・マッコイや、ケニー・ギャンブル=レオン・ハフのようなプロデューサーも一生懸命にモータウンサウンドを研究していました。

ニューヨークでノーザンの影響が無かったのは”アトランティック”レーベルぐらいで、南部のアーティストを集めモータウンへの反撃を狙っていたのでした。シカゴはノーザンの中心地だったので、ノーザンソウル一色でジュニア・ウォーカートム&ジェリオがヒットを出し、”チェス”レーベルもカーティス・メイフィールドの手を借りてジャン・ブラッドレーのヒットを出したり、ジャッキー・ロスフォンテラ・バスにモータウンサウンドを歌わせて成功していました。シカゴでは単なるダンススタイルとしてばかりではなく、コーラススタイルや一定のソウルスタイルとしてノーザンサウンドが確立していて、つまりシカゴソウルというものが出来上がりつつあったわけです。シカゴスタイルのノーザンソウルのアーティストといえば、インプレッションズジーン・チャンドラーフレッド・フューズビリー・スチュアートメイジャー・ランスアーティスティックスウォルター・ジャクソンが挙げられ、後にディープに流れて行くキャッシュ・マッコールボビー・マックルアーウィリー・パーカージョニー・セイルズオーティス・クレイシル・ジョンソンなどもシカゴソウルの影のアーティストだったといえるでしょう。

ノーザンソウルは、南部に対する全北部に広がっていった訳ですが、その南部では、”スタックス”レーベルのルーファス・トーマスウィルソン・ピケットサム&デイヴオーティス・レディングアラン・トゥーサンなどがいましたが、影響力のあるダンススタイルを作り出すことはできませんでした。それに対し、南部だけでなく、強い影響力をもった明確なダンススタイル”ファンキーソウル”を作り出したのがジョージア出身のジェームス・ブラウンだったのです。彼のファンキーの出発点は1964年と言われており、初期ソウルからノーザンソウルへの変革にはかなりの刺激を受けた様です。その後はファンキースタイルを整え、立て続けにヒットを飛ばしていきますが、彼なりのノーザンへの返答だったかもしれません。ジェームス・ブラウンのファンキーソウルに早々と反応を示したのは、ブルース系アーティスト達でした。シカゴでは、ジュニア・ウェルズボビー・ラッシュウエストコーストでは、レイ・エイジジミー・マクラクリン、テキサスでは、ボビー・ブランドがJB流ファンキーを試みていました。ファンキーソウルがどうしてブルースマンに取り上げられたかというと、ブルースの持つ土俗的な部分をジェームス・ブラウンはあからさまに表現しており、そこに自分達の音楽との共通点を見出したからかもしれません。ブルースマンを別とすれば、ダイク&ザ・ブレイザーズウィルソン・ピケットなどがファンキースタイルでヒット曲を出しています。しかしJB流ファンキーソウルは、単にビートに特徴があるだけでなく、曲のかぶせ方、歌い方、すべてに特徴があり、ある意味では狭いスタイルだともいえました。それを崩さずに新しいスタイルを作り出すのは容易ではなかったのですが、そのファンキーソウルを誰でも演奏でき、歌えるスタイルにまでしたのが、スライ・ストーンだったのです。

デトロイトのノーザンソウルは、ミラクルズテンプテイションズのようなグループスタイルの名曲もたくさん生まれ、ソロでは、マーヴィン・ゲイスティーヴィー・ワンダーが名作を次々と発表し、モータウン入りが遅れたジミー・ラフィンもノーザンスタイルの曲を残しています。モータウンの生命は常にダンスビートにあったのですが、1965年あたりからドラムスのビート感覚は変化していき、よりダンスしやすいサウンドとなっていきました。しかし、あまりに突き詰めたサウンドの為に身動きが取れなくなり始めていました。1966年以降になると、シュープリームスフォートップステンプテーションズミラクルズあたりも一時の勢いがなくなりつつあり、モータウンとH=D=Hトリオとの間にも亀裂が生じ、彼らは離脱してしまいます。これはモータウンのノーザンサウンドの終焉といえる出来事でした。モータウンのノーザンソウルが行き詰まり、ジェームス・ブラウンのファンキーソウルがまだ支配的になっていない1966年〜1968というのは、ディープソウルやサザンソウルが頭角を現し始めていた時期にもなります。ノーザン、ファンキーの衰退はソウルダンススタイルに大きな変革をもたらし、スライ・ストーンを中心とするファンク、フィラデルフィア、ホットワックス/インヴィクタスの1970年代ソウルの誕生となるのです。


<1960年代を知る為のアルバム>

A-D E-J K-Q R-Z
 アーティスト名 アルバムタイトル名
A Anna KingBack To Soul
Aretha FranklinSoul Sister
ArtisticsI'm Gonna Miss You
B Baby WashingtonOnly Those In Love
Ben E. KingDon't Play That Song
Stand By Me
Bettye SwannMake Me Yours
Billy ButlerRight Track
Billy StewartI Do Love You
Bob & EarlHarlem Shuffle
Bobby ByrdI Need Help
Bobby FreemanC'man And S-W-I-M With Bobby Freeman
Booker T. & The MG'SThe Best Of Booker T. & The MG'S
Green Onions
C CadetsRockin' N' Reelin' With The Cadets
Chuck JacksonAny Day Now
Cliff Nobles & Co.The Horse
D Darrel BanksDarrel Banks Is Here!
Diana Ross & The Supremes25Th Aniversary
Doris TroyJust One Look
Dyke & The BlazersThe Funky Broadway
So Sharp!
E Edwin StarrSoul Master
ElginsDarling Baby
Etta JamesJuicy Peaches
F 5 DutonesShake A Tale Feather
Fontella BassThe 'New' Look
G Gene ChandlerThe Duke Of Soul
Just Be True
H HesitationsWhere We're At!
I Ike & Tina TurnerThe Soul Of Ike & Tina Turner
Workin' Together
IncrediblesHeart & Soul
Inez foxxMockingbird
J J. J. Barnes & Steve ManchaRare Stamps
J. J. JacksonJ. J. Jackson With The Greatest Little Soul Band In The Land
Jackie WilsonBaby Workout
James BrownI Got The Feelin'
Sex Machine
James RayJames Ray With The Hutch Davie Orchestra & Chorus
Jerry ButlerHe Will Break You Heart
Jimmy Ruffin & David RuffinThe Ruffin Brothers
Jr. Walker & The All StarsShotgun
K King CurtisLive At Fillmore West
L Lee DorseyYa-Ya
The New Lee Dorsey
LovelitesWith Love From The Lovelites
M Mad LadsThe Mad, Mad, Mad, Mad, Mad, Lads
Major LanceMajor Lance
Um,Um,Um,Um,Um,Um, The Best Of Major Lance
Mar-keysLast Night
Martha And The VandellasDance Party
Marva WhitneyIt's My Thing
MarvelettesPlayboy
Please Mr. Postman
MarvelowsThe Mighty Marvelows
Marvin GayeThat Stubborn Kinda Fellow
Mary WellsMary Wells Sings My Guy
Mask ManOne Eye Open
MirettesWhirlpool
MonitorsGreetings!
R Raelets With Ike & Tina TurnerSouled Out
Ramsey LewisThe In Crowd
Ruby AndrewsBlack Ruby
Ruffin BrothersI Am My Brother's Keeper
Rufus ThomasJump Back
S ShowmenIt Will Stand
Syl JohnsonCicago Twinight Soul
Dresses Too Short
Is It Because I'm Black
T TamsPresenting
Young HeartsSweet Soul Shakin'
A-D E-J K-Q R-Z

関連書籍、資料から簡略引用させて頂き、個人の解釈によりまとめておりますので、間違いなどはお許し頂きます様お願いします。
年代別、カテゴリー別に分けてはおりますが、録音年のずれや、カテゴリー分けの不明確なアルバムが2重に記載されている場合もあります。
音源については廃盤になっているものや、入手困難なものもあります。ご了承下さい。
お目当ての音源が見つからない場合は、「グレイテスト・ヒッツ」「ベスト・オブ」や「アンソロジー」などを選べば代表的な曲は収録されています。