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マーティン・ルーサー・キング牧師のI HAVE A DREAM とは


あらゆるものにあった白人と黒人との差別を無くし、法律上で平等を訴えた運動を公民権運動と呼びます。1955年にアラバマ州で始まったバス・ボイコット運動が有名で、そのきっかけになった運動とされています。この時、その運動を応援したのが、マーティン・ルーサー・キング牧師であり、それ以来、彼はそうした人権運動の推進者となっていきました。
1960年代に入り、差別撤廃運動が激しいものとなり、1963年には、ワシントンに20万人からの大行進がおこり、この時、キング牧師の有名な、演説「I HAVE A DREAM」が生まれました。1965年に公民権法が成立し、法律上の自由と平等を黒人も得られる事になったのです。
キング牧師のスピーチには、そんな彼らの心の奥深い土着的な叫びと共に、未来への希望が伝わってきます。こうした公民権運動が、実際のソウルミュージックの誕生と関わりがあるかどうかはわかりません。ここにキング牧師のスピーチを引用させていただきますので、少しでも時代の背景が浮かんでいただければ、と思います。


スピーチより引用


友よ、私は今日皆さんに申し上げたい。今日も明日も色々な困難や挫折に直面しているがそれでもなお私には夢がある。それはアメリカの夢に深く根ざした夢なのである。 いつの日か この国が立ち上がり、わが国の信条の次の言葉の真の意味を貫くようになるだろう。『私達はこれらの真理を自明のことと考える。すなわち、全ての人間は平等に造られている』。
私には夢がある
。いつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫達とかつての奴隷主の子孫達とが、共に兄弟としてテーブルに向かい腰掛ける時がくるという夢を。
私には夢がある。いつの日かこのミシシッピ州も、このような不正義の暑さにうだっており、このような抑圧の暑さにうだっているこの地域でさえもいつの日か自由と正義のオアシスに変えられることであろう。
私には夢がある。いつの日か私の幼い四人の子供達が、肌の色によってではなく彼らの人格の深さによって評価される国に住む時がくる夢を。
私には夢がある。いつの日かこのアラバマでも、目下のところ悪意に満ちた民族主義者に牛耳られており、連邦の決定に対して知事の口から 「干渉」とか「取消し」という言葉しか出てこないこのアラバマ州においても、 いつの日か幼い黒人の少年達・少女達が、幼い白人の少年達・少女達と手をつなぎ、兄弟姉妹として歩けるようになることであろう。


私には夢がある。いつの日か谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くし険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。主の栄光がこうして現れるのを、肉なる者は共に見るだろう。これが私達の希望なのである。この様な信仰を持って、私は南部に帰る。この様な信仰があれば、私達は絶望の山から希望の石を切り出すことが出来る。この様な信仰があれば、私達はこの国の騒々しい不協和音を、兄弟愛の美しいシンフォニーに変えることが出来る。この様な信仰があれば、私達は共に働くことができる。共に祈ることができる。共に闘うことができる。共に監獄へ行くことができる。共に自由の為に立ち上がることができる。いつかは自由になると信じることができるのだ。その日こそ、神のすべての子供達が、あの歌を新しい意味を込めて歌うことができる日となるであろう。わが国、それは汝のもの、麗しき自由の国。われは汝を讃える。わが父祖たちの死せる国、巡礼父祖の誇れる国、すべての山腹から自由の鐘を鳴り響かせよ。もしアメリカが偉大な国になるべきなのであれば、このことが実現しなければならない。


だから、自由の鐘を鳴らそうではないか、ニュー・ハンプシャーの大きな丘の上から。
自由の鐘を鳴らそうではないか、ニューヨークのそびえ立つ山々から。
自由の鐘を鳴らそうではないか!ペンシルヴァニアのアルゲニー高原から!
自由の鐘を鳴らそうではないか!コロラドの雪を頂いたロッキー山脈から!
自由の鐘を鳴らそうではないか!カリフォルニアの曲線の美しい丘から!
それだけではない。ジョージアのストーン・マウンテンから、テネシーのルックアウトマウンテンから、ミシシッピーのすべての丘から、自由の鐘を鳴らそうではないか!
すべての山々から自由の鐘を鳴らそうではないか!
私達が自由の鐘を鳴らすその時、すべての村、すべての教会、すべての州、すべての街において、神の子供達となったすべての者らが、黒人も白人も、ユダヤ人も異邦人も、プロテスタントもカトリックも、皆互いに手に手を取って、あの古くからの黒人霊歌を歌う事が出来る日が近づくだろう。
「自由だ!ついに自由だ!全能の神に感謝すべきかな。ついに私たちは自由になったのだ」 と。